ボランティア活動 in 宮城 2(活動&状況編)


とうとう、5/14土曜日の夕方、オンザロードのビレッジ(キャンプ場)のある宮城県大崎市田尻に着き、でもその日は作業はなく、次の日の5/15から。

朝6時からの朝食後、その日の活動班の振り分けが告げられ、その班のリーダーと共に一日作業するのがオンザロードでの活動。初日、僕は、ニーズ班の1チーム、リーダーのサクさん率いるその名もそのままサク班に配置されることに。ニーズ班は、家の中のヘドロや畳やゴミなどの撤去、かたずけ、探し物など各家庭からのリクエストにこたえる作業を担当する。朝7時に、一チーム8人、車に乗ってビレッジから作業を行う宮城県石巻市渡波(わたのは)地区に出発。

移動車(リーダー サクさんの車)

ビレッジから渡波地区までは車で約1時間弱、その間に作業するにあたっての注意事項や自己紹介などをした。最初の景色は宮城県のきれいな農村部という感じで、たまに道路に小さな地割れがあるくらいで、津波の被害はまったく見えない。しかも、コンビニやAEONとかやってるし!仙台でも東京とほとんどかわらなく見えて思ったけど、結構復興済んでんじゃん〜とか思ってしまったくらい。でも、渡波に着く手前の山を越えた瞬間、突然景色が変わった。そこは町の多くの部分が津波に飲まれた大きな傷跡が、2ヶ月以上経ったいまでも残酷なほどに残っていた。車がひっくり返っていたり、倒壊して斜めになっている家、木片やがれきの山、田んぼに船があるなど、想像以上の町の大変な状況にただただため息しかでない。これでも、道路に車が通れるようになったり、一日何十トンものがれき&ゴミの撤去がされて、当初よりだいぶましとのこと。。。まだ、こんな状態だとは。。。まさに百聞は一見に如かず。自分が行って本当に助けになるのか、と不安だったけど問答無用に人手が大量に必要である状況が一気に把握できた。

支部で炊き出しに並ぶ

渡波にある支部は、現地の方への炊き出しや援助物資の受け渡し所となっていて、またオンザロードの現地での拠点となっている。支部に着くと、すでに炊き出しに多くの人が列を作っていた。ライフラインのすべてや一部が通ってない家庭もまだまだこの地域にはあるとの事。大きな声で挨拶すると、また大きな声で返してくれました。ここでの活動の重大さを感じ、さらに強い気合いが入った瞬間だった。

支部の倉庫にある物資

この支部で、各チームリーダーが各家庭からのニーズが書かれたニーズ表をもとその一日の活動を決めることになっていて、今日のサク班、まずは、ある家庭の駐車スペースに溜まったゴミの片付けに決定。行ってみると、週末にオンザロードに参加する地元中学生と何人か別班のスタッフがすでに片付けを始めていた。着いて一番最初にする事は、海と山の位置を確認する事。万が一、大きな地震が起きた時に逃げる方向を確認するのだ。もし地震が起きたら各々逃げなければならない場合もある。そうなった場合の山の途中にあるラブホテル「バンビの森」で待ち合わせるってことになっている。そう言った意味でも、バンビの森はオンザロードボランティアスタッフの間では超有名www。

一件目終了!

移動中の景色

津波はこの木の向こう海からやってきた。

さて、その家庭、釘のささった大小の木片、とたん、タイヤ、ビニール、海水にしみて腐った布・座布団から、アルバム、本、ボトル、カセットテープ、ソファー、魚などなど、どこからか流されて来たかもわからないものが山積みになっていて、それをどんどん2トントラックに積んでいく。その作業はびっくりする速さだ。1つでも多くの家庭のニーズに答えるには、できるだけ早く作業するしかないし、休むのは移動時の車の中ですればいい。さっさと1時間とかで一件目を終え、次の家庭に。次は家の一階部分と外にある家具、畳、ごみ、などの撤去だ。思い出すと、この二件目が今回一番体力的に辛かったな。まず、トラックまで運ぶ経路が細く、どんなに重くても最大で二人までしか通れない幅しか無い。家の中は、完全に浸水してしまっていて、畳の上には流されて来たゴミやヘドロが溜まっていた。すべての家具を出した後(また、すごい沢山のタンスがあった!)は、畳を出す。海水を吸った畳はめちゃめちゃ重く(しかも腐って臭い)運ぶのが大変。始めて数時間で完全に筋肉痛確定。腕立てやっとけばよかった。リーダーのサクさんや長い間参加しているペラさん(あだ名については後ほど)などはすごく重い物でも軽々しく運ぶのでちょっと悔しい。畳を運び出すと、床板が腐ってかなり弱くなっていて、足下がいつ割れるかわからない状態。で、この家での作業でのクライマックスが、裏に置いてあった巨大冷蔵庫。しかも、近くに寄るときっちり閉まっているのにかなりの異臭が。。。中がかなり気になるけどね。絶対に開けてはいけないとは、この事。男4人で四端を持って途中まで。細い通路は上記のベテラン二人が持ったけど、さすがに辛そうだった。2時間くらいですべてものを運び出し、トラックに積んだ。後で聞いた話で、この家の持ち主のおばあちゃんは津波で流されてしまったそう。2ヶ月経ち異臭が強くなり、近所の方が依頼したとのこと。。。ちょっと泣きそうになりました。終了後、依頼主さんから、飲み物とパンをお礼の言葉をもらい、なんか自分の活動が渡波地域の人の為にちょっとでもなってることを実感して感動しちゃった。でも、腕がパンパン!!

ランチや!

ランチ後の休憩タイム

その後、支部に戻り、別班らと合流しランチ&休憩。ランチは朝出発前にビレッジで作ってくれたものを自分で弁当箱に詰めたもの。この日はチャプチェ。胡椒がぴりっときいてて、体を使う作業員のためにちょっと味濃いめですげ〜うまかった!体使うとメシがうまくなるんだよね。炊き出しではその場で焼いたおいしそうなたこ焼きが配られてた。他の班の人と話すと、彼らは撤去したがれきの下に、近くにイカ加工工場から流れて来た大量の腐敗したイカがあったみたいで、またこれに虫とかめちゃめちゃついてて視覚的にも嗅覚的にも強烈だったらしい。この世で嗅いだ匂いで一番強烈だったって言ってた。作業でそのイカエキスが服についてしまい、チーム全体がすごい匂いになってました。そう、衛生上も含めてそういう物をどんどん撤去しないと。イカチームご苦労様でした。てか、2ヶ月経ってても、こんな状態の場所がここにはまだまだ沢山ある。

午後は、また家の中のドロ&ゴミ出しなど2件ほどしたあと、最後土のう袋に砂を入れる作業。満潮になるといまだに町中まで水が来るので、家まで入ってこないように土のう袋でせき止めるらしい。2日目は月に2回ある大満潮だったので、かなりの海水が押し寄せて来ていた。この作業が終わり、また支部に戻り、ニーズ班のこの日の成果件数、ゴミ量、ケガ(スリ傷なども含め)の発表がある。確か、この日は達成(終わった件数)15件、継続(引き続き作業を継続する件数)2件、トラックで運び出した量16トン、ケガ4人だったと思う。

満潮

この砂で土のう袋をつくる

帰り道にある自衛隊のキャンプ場

そしてビレッジへの帰路へ。腕はパンパン、体はヘトヘトでも、良い汗かいた!!さあ、ビール!

車の洗浄、毎日やらないとサビちゃうんだそう。

次の日、すでに僕にとって最終日で、またまたニーズ班に配属。今回のリーダーはカンジさん。カンジ班は前日イカ処理をしたチーム。変な恐いもの見たさでイカ処理でもなんでも来い!って気合いが入る。この日が始めて参加の人もいて、現場までの車で手袋や長靴中用鉄板の有無の確認や作業の仕方の確認、バンビの森の説明、自己紹介など。車の中は、前日掃除&ファブリーズしたにもかかわらず、イカさんの匂いがまだ残っているので、基本窓全開に。。。


この日の一件目は、一階が浸水したあるおばあちゃんの家の家具、ゴミ等の片付け。着くとまず、まずリーダーのカンジさんが、現場の安全確認をした後、作業開始、、、と思ったら依頼主のお婆さんがいない。。。本人がいないと、捨てて良い物と良くないもの判断ができない事から待つ事に。待っているととなりの家もヘルプが必要な事がわかり、とりあえず、お婆ちゃんが戻るまで、隣の家のゴミ出しと移動してしまったプレハブ倉庫を定位置に戻す作業をすることになった。ゴミ出しは班のメンバーが一列に並びリレーでガンガン出していく。また、リレーゴミ出しのテクニックで、全員同じ方向に向いて立つより、交互に反対向いて渡していく方が次に早く渡せるなどを覚える。最後に倉庫を全員で持ち上げて戻すと丁度そこに隣のお婆ちゃんが帰宅。よって続いてお婆ちゃん宅での作業に。使えなくなり捨てるものが山ほどキッチンや居間などに散乱していて、まずはそれをまたリレーを外に運び出す。押し入れの中の物は完全に腐敗していて、段ボールもすぐに崩れてしまう。そうときには、いらない毛布の上にごみ&がれきを載せて出すのが一番効率が良いと教えてもらった。いろんなテクがあるなぁ。この家にはすごい量のトイレットペーパーがあったけど、残念ながら全部濡れて使えなくなった。あんなにトイレットペーパー必要なのかなぁなんて思っちゃった。家の外に出したゴミは別に来ていたクレーンがトラックに乗せ完了。。。。この日この後、もう3件ぐらい回りました。

そうそう、午後の一件で、微妙に思うことがあった。大型アパートマンションの裏に大量のドロ(魚入り)&ゴミの撤去のニーズの処理に行くと、ニーズ表に記載されているより何倍もの量があった。重機を使った撤去でないとうちらの人力での一日で完全撤去は難しいと告げると、結構厳しい言葉での文句を言われる事に。。。文句いわれてもなぁ。う〜ん。ボランティアはただで、なんでもやってくれると思ってる人もいるみたい。。。これも現実か。。。そういえば、すごくきれいな家で、テレビのゴミ捨てなんかもあった。台車使えば自分で出せるのに〜、って思っちゃった。本当にボランティアが必要な家がまだまだ沢山あるのでそれを優先したい!そう思う事は間違ってる事なのか、正しい事なのか。。。被災者の気持ちは被災者にしかわからないんだろうな。。。

2日目は大満潮だった。

そして、そうやって一件一件やっていき、僕の始めてのボランティア活動は終わりました。一人一人の力は大した事無くても、その小さな力が集まれば大きく復興に貢献することを肌で感じた。そしてその力がまだまだ被災地では必要とされている。家に戻りたくても、家はすめる状態でなく、仮設住宅も現時点では抽選で、他に行くところも無く避難所でプライバシーのない毎日を送っている人達に、家などを片付ける事などのボランティアででちょっとでもポジティブになってもらいたいし。もし自分が避難所生活だったら、早く自分の家に帰りたいと思うだろうしね。また、こんなこというと良くないのかもだけど、人の為のはずの活動をする事によって自分の為になった。普段の生活では絶対に得る事のできない「なにか」が自分の中で大きく膨らんだ。そのなにかって言葉で説明出来ないんだけど、手をつなぐとか、愛とか、協力とか、人間の生きる意味とかを含んだとても大きな「なにか」です。すごく成長させてもらった気分です。

次はオンザロードの参加した人やビレッジについて書きたいと思います。

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